Cafe do BRASIL TIPOGRAFIA

動く標的とケメックス

商売柄、映画を観ていてもついついコーヒー絡みのネタに目が止まる。
そして詰めの甘い描写には容赦しない。

　「お湯を一気にドバドバかけ過ぎ！」
　「ドリップするときは脇を締めろ～！」
　「そんなコーヒーのみたくねぇぇぇ～！」

と独り突っ込んで楽しんでいる。

衛星放送の録画で観た『動く標的』である。
若かりしポール・ニューマン主演。
斜に構えて周囲に唾を吐き反骨的、冷え過ぎの冷蔵庫のようにクール。
昔の銀幕にはクールなイイ男がいっぱいだ。
さて、ポール・ニューマン演じるはＬＡの私立探偵。
冒頭シーンで登場するのがコレ

MOMAにも展示されているという
アメリカの古典的なコーヒー抽出器具ケメックス（CHEMEX）である。

うだるような熱気の中、男が独り目覚まし時計に起こされる。
目を覚ますために氷を水を張った洗面所に放り込みみ、ドボンと顔を浸す。
着替えながら、お湯を沸かし濾紙を折りケメックスにセットする。
缶のコーヒーの粉を見て、思わず舌打ち。どうやら空っぽらしい。
毒づきながら、仕方がなしに足元のごみ箱の使い古しの粉を覗き込む。
出来上がったコーヒーを大ぶりのマグカップに注ぎ、口をつけて一言「うえ！」。

もちろんこれらのシーンは本編とは何の関係もない。
仕事に出かけるまでの主人公の日常描写である。
その割には、コーヒーを淹れるまでの描写をリアルに丁寧にカットを割っている。
ケメックスもコーヒーも単なる小道具に過ぎないが、
女房に逃げられた私立探偵の主人公のしがない毎日がそれとなく浮かびあがるという
アメリカ映画のシナリオ構成における王道的手法の一つ。
ちなみに映画自体は雰囲気はあるのだが、
肝心のプロットが取り散らかっていていささか退屈。
でもディティール表現は御見事！

余談だが、ケメックスは本来、正方形の濾過紙を四つに折り、使用する。
以前、円錐型という形状が似ているのでコーノ式のペーパーフィルターを使ってみた。
なるほど、サイズさえ合わせればちゃんとガラス面にフィットする。
でもお湯を注ぐとえらいことになるのだ。
なかなか液体が落ちてこなく、ヘドロのように上部に溜まる。
ケメックスになくてコーノにあるもの、
それは上部ロートの壁面にあるリブと呼ばれる突起である。
溝を作って空気を逃がさないと紙は壁面にピタッと吸着され液体は落ちてこないのだ。
だからケメックスの紙はロート部分の形状にぴったりフィットする紙ではなく、
単に濾紙を折り返して紙の厚み分、ガラス面から浮かせた状態で使う。
あ、これは関係のないコーヒーうんちくだ。

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