Cafe do BRASIL TIPOGRAFIA

大阪豊中、ブラジルコーヒーの店「Cafe do BRASIL TIPOGRAFIA」のブログ。メニューやお店情報、ブラジル、音楽、ジャズ、コーヒー、焙煎、映画、活字等、毎日更新!

音楽と珈琲

店主が丁寧に珈琲を点てるのを何気なく見つめていた。

人生における揺りかごから墓場のように
あらかじめ定められた各工程を手際よくこなしていく様は
傍から見ていても気持ちよかった。

カウンターに音もなく差し出されたカップとソーサー。
巧みなマジシャンが仕掛ける技のように、気が付くと目の前にあった。
立ち上る湯気からは淹れたてのコーヒーの香りが漂う。
カップを手に取り、そっと口元へ忍ばせる。
至福の瞬間である。

 「何か音楽を流しましょうか?」

店主が控え目な様子で尋ねた。

そういえば、音楽が流れていなかった。
店の奥にはスピーカー、カウンターの背面にはアンプとプレイヤーが並び、
何よりも数百枚のLPレコードが作り棚に行儀よく、起立していた。

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不思議と違和感はなかった。
店主の問いかけまで、この店に音がないことに気が付かなかった。

 「普段は流しているのですか?」
 「ええ、ほぼ一日中」
 「でも今日は静かですね」
 「何となくそんな日もあります。」
 「そう」
 「でも音楽が流れていないと、間が持たないというお客様もおられます」
 「僕は大丈夫」
 「それなら安心です」
 「今は店でもエレベーターでも音楽があふれていて、何も流れていないことが珍しいかも」
 「そうですね」
 「音楽が珈琲を引きたてることもあれば、逆に音がない時の方がおいしく感じることもあります」
 「そうですね」
 「よく考えると、不思議ですね」
 「音楽のない時は、頭の中でにぴったりの架空の音楽を奏でているのかも知れません」
 「その方が先入観や制約がなく、自由か?」
 「そうですね。でも、うちもこんな静かなひとときは稀にしかありません」
 「そうか、たまたまタイミングの良い時に来たんだ」
 「そうですね」
 「ありがとう。おかげで珈琲を堪能できました」 
 「こちらこそ、ありがとうございます」

脳内で奏でられた架空のサウンドトラックを思い起こした。
細部は妙にリアルで工場の精密機械の様に設置されているのだけれど、
全体としては霞がかかったように曖昧で抽象的な音楽だった。

ただ、一つだけ確かなのは、あの店の珈琲には程よくマッチしていたこと。

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YESTERDAYS

仕事がらみで出かけた見知らぬ街でのこと。
食事をすませ、後はホテルに帰って寝るのみ。
ただ、誰もいない殺風景な部屋へまだ帰りたくなかった。
眠るにはいささか早く、何かをするには遅い半端な時間。
ホテルに向かう裏通りを歩いていて、ふと名についた看板。

“YESTERDAYS”とある。

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扉の向こうから、こもったようなジャズの音色が流れてくる。
どうやらJAZZ BARらしい。
決して酔っぱらいたい気分という訳ではなかった。
ジャスト20秒、扉の前で躊躇した後、入ってみることにした。

扉の向こうの店内は思いの外広かった。
手前に数席のカウンターが、奥まったホールにはいくつかのテーブル席。
総客数はざっと10数人というところか。
何よりも驚いたのは、最奥の壁際にピアノがあり、
初老のピアニストがかがみ込むように鍵盤に向かっていた。
脇には狭いステージを囲むようにドラムとベースが配置され、
3人の男たちがリアルで演奏していた。
当然レコードかCDを流している店と思っていたので、良い意味で期待を裏切られた。

カウンターに付き、バーテンに注文をする。
ステージと客とは別世界のように音楽は続く。
客は生演奏に聴き入っているわけではない。
独りでグラスを傾けたり、連れと談笑していても、決して邪魔にならない演奏である。

この曲、なんだっけ?
どこかで何度も聴いたことのあるスタンダード、
そうだ、“WILLOW WEEP FOR ME”だ。
ピアノが少ない音数でゆったりとメロディーを奏でているが、
ドラムとベースが加わり徐々に音が走り出す。
身を任していると、耳が音から離れられなくなる。
手元の酒を忘れ、首をステージの方へと傾け、演奏に聴き入る。
ピアノとリズムが一つの塊となって呼吸している。
再び、ピアノ独りであのメロディーを奏でた後、曲は終わる。

その後も、数曲演奏は続いた。
気になってバーテンに尋ねた。

 「なんというピアニストですか?」
 「FRED HUNTだよ」
 
聞いたことがない名前であった。

 「いつもこの店で演奏しているのですか?」
 「時々ね」

それは再び聴きたくなる音だった。
決して演奏者の独りよがりではなく、
音と共にひと時を過ごす者たちに小さな幸せをもたらす、
至極心地よい音楽だった。
多分、この店を再訪することはかなわぬ夢。
たまたま訪れたこの街の、この店に嫉妬した。

その後、夜半過ぎまでグラスを重ね、
小さな興奮をクールダウンさせた後、ホテルの部屋へと向かった。
見知らぬベッドにも関わらず、すぐに心地よい眠りが訪れた。

            

このCDはこんな架空の妄想を抱かせた至福の33分。
ジャズ、特にピアノトリオに求めるわかりやすい典型がある。
小難しい理屈も自己満足と紙一重の深遠さも不要、
コロコロとピアノが転がり、メロディーが心地よく唄えばただただ満足。


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